By Mai Mizuta, Asia Pacific Editor, Mergermarket and Japan Bureau Chief, Acuris
Datasiteとマージャーマーケット共催によるウェブフォーラム「M&Aディール・ドライバー:日本 2021 – 2020年第4四半期の日本市場でのM&Aと今後における注目点」から見えた将来像
日本におけるM&A見通しについて業界専門家は2021年の回復を予想している。同専門家はマージャーマーケットに対し、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて今年はじめに棚上げされた案件や議論が再開されており、新たな投資機会が生まれていることもあって、日本市場でのM&Aは第3四半期以降、着実に増加していると述べた。
大和証券専務取締役でグローバル・インベストメント・バンキング共同本部長を務める赤井雄一氏は、「来年は親子上場に絡む再編のほか、アクティビストによる株主要求や企業によるカーブアウト(事業売却)などが引き続き期待でき、M&Aについては大幅な増加となるだろう」と予測する。
「一般的に言って、強い企業は買収するし、弱い企業は売却側にまわる。そしてその中間に位置する企業は自社の強みを最大化するために、どの事業がコア事業でどの事業がそうでないかを判断する」と同氏は語った。
KPMG FASの執行役員パートナーでM&Aディールアドバイザリーを担当する石井秀幸氏は、国内の新型コロナウイルスの感染拡大がピークとなった3月から5月にかけては売上も落ち込み、企業側も経営管理に注力していた時期であり、M&Aに関しては一服感があったと指摘。この間、多くの企業ではM&Aを検討する時間もリソースも無かったと述べた。
「第1四半期と第2四半期は、企業は概して事業運営に注力していた時期であり、その間、M&A案件も棚上げとなった。企業活動が正常化してきたのは6月末頃からであり、結果として国内M&Aは1四半期以上遅れることとなった」と同氏は述べた。
ルネサスエレクトロニクス経営企画・財務統括部コーポレートアライアンス部長の林義和氏は、「2020年を振り返ると、第1四半期と第2四半期の間、M&Aは鈍化している。この短期間を除けばモメンタムは持続しているので、今後も勢いとしては継続、あるいは増加するとみている」としている。
ただKPMG FASの石井氏は、今年はNTT(TYO: 9432)によるNTTドコモの非公開化案件が案件総額のかなりの部分を占めており、来年の案件数については増加が見込まれても、案件総額については未知数だと指摘している。
NTTは今年9月、NTTドコモ株式の未保有分取得のための公開買付けを発表。4兆円(380億USドル)超の株式公開買付けは国内企業に対するものとしては過去最大となっている。
2020年第3四半期の日本でのM&A(国内企業同士のM&Aと、外国企業による日本企業に対するインバウンドM&A案件の合計)は107件を数え、金額ベースでは574.2億USドル。同年第2四半期の86件・96.3億USドルからの増加となった。マージャーマーケットのデータによれば12月14日時点での今年のM&A案件数は392、金額ベースでは991.1億USドル。これに対し、昨年2019年は案件数474で案件総額678.0億USドルとなっている。
西村あさひ法律事務所パートナーの志村直子氏も、国内M&Aは来年には復調するとみており、今後は親子上場に絡む再編が引き続きメインテーマの一つとなると予想する。「ただ、親会社と子会社の間で考え方に違いがあったり、親会社による買収に子会社が同意しない場合などもあり、一筋縄ではいかないケースが多い。また、子会社の時価総額が親会社のそれよりも大きい場合もある」として、「考慮すべき問題は多い」とも指摘している。
さらに、アクティビストによる株主要求や、M&A案件にホワイトナイトが参入するケースなども増加傾向にあり、こうした案件は今後も見込まれると同氏は述べた。アクティビストの提案に対しては、かつての日本企業なら即座にこれを拒否し、そうした株主を排除しようと注力したが、現在では、そうした株主提案が他の株主の利益につながる場合もあり、企業側も比較的耳を傾ける傾向にあるという。
今月初め、東京ドーム(TYO: 9681)の少数株主であるオアシス・マネジメントはアクティビスト活動の一環として、東京ドームのホワイトナイトとして名乗りを挙げていた三井不動産(TYO: 8801)による株式公開買付けへの賛同を表明、全持分を公開買付けに応募する旨、合意した。三井不動産は東京ドームの全株式に対し、一株あたりの買付け価格1300円で公開買付けを実施。買付け価格の総額は1205.2億円(11.6億USドル)となる。
一方、Datasiteの日本責任者、清水洋一郎氏によると、プライベート・エクイティ企業による案件も8月以降増加傾向にあるという。全ての案件が積極的なデューデリジェンスを伴うわけではないが、一部の投資ファンドは事前にエグジットの準備を整えようとしていると指摘した。AI(人工知能)を搭載した同社のアプリ、Datasite Prepareは積極的に利用されており、案件準備の加速に役立っていると同氏は述べた。
KPMG FASの石井氏は、プライベート・エクイティ企業は未だ多額の未使用の投資資金、いわゆるドライパウダーを保有しており、買収についてはかなり意欲的だと語った。ただ、このドライパウダーの膨大な額を考えると、投資資金として使いきれるだけの十分な数の案件が無いかもしれないとも述べた。
今後について石井氏は、財務状況の苦しい企業による外部資金調達ケースが増加するかもしれないと指摘する。ただこの場合でも、プライベート・エクイティ企業からの資金調達となると、企業とファンドの間で認識の違いが生じる可能性もあるという。プライベート・エクイティ企業が投資したいと考えるのは、財務的にも安定したキャッシュフローがはっきり見える企業。一方、新型コロナウイルスの影響を大きく受けた企業は、事業の将来見通しや回復の道すじを明確に示すことが難しい。つまり、プライベート・エクイティ企業側に投資するだけの資金的な体力があっても、それに値する魅力的な案件が十分にないという状況だと同氏は述べた。
とはいえ、来年の増加が見込まれているカーブアウト案件については、プライベート・エクイティ企業による積極的な役割が期待できるだろうとの認識も示した。.
マージャーマーケットのデータによると2020年はこれまでに、53件のプライベート・エクイティ投資・バイアウト案件があり、金額ベースでは83.5億USドル。これに対し昨年2019年は、54の案件で総額120.2億USドルとなっている。今年の実績の業界別内訳けとしては、消費者関連分野で10件・11億USドル、サービス分野で9件・13.3億USドル、工業・化学分野では12件・9億5700万USドルとなっている。
KPMG FASの石井氏は「日本企業がコア・ノンコア事業の選別を進めていることもあり、第3四半期から多くの企業がM&A、特に資産売却の可能性を再度検討するようになった」と解説する。「ノンコア事業の売却について企業側は新型コロナウイルス感染拡大以前から検討はしていたが、感染拡大を受けて新たにノンコアと位置づけられた事業も出てきている」と同氏は述べた。
日本企業のノンコア資産に関して大和証券の赤井氏は、中国などアジア企業からの関心が高まってきていると指摘する。自動車製造業や素材メーカーなど、様々な業種の日本企業の事業の買収に非常に熱心だという。
一方、Datasiteの清水氏によれば、中小・中規模クラスの企業が絡む案件が目立ってきているという。対象となっている業種も幅広く、介護、IT、eコマース事業などが含まれているという。年初に棚上げとなった案件が復活する事例もあるとしたうえで、そうしたケースは国内案件に限ったものではないと付け加えた。
KPMG FASの石井氏は、「多くの企業が今は国内事業の運営など、他の課題に取り組んでおり、渡航規制の問題もあるので海外M&Aについてコメントするのは時期尚早かもしれない。KPMGが今年実施したCFOを対象としたアンケート調査でも、直近のM&Aの候補地としては全回答者が日本と答えている。とはいえ、現在進行中のクロスボーダー案件があることも確かだ」と語った。
クロスボーダー案件に関して大和証券の赤井氏は、欧米市場に対する案件が目につくようになってきていると話す。大和証券グループのグループ会社であるDCアドバイザリーはこれら地域で強力なネットワークを築いており、大和証券もこれを活用しているという。
マージャーマーケットのデータでは今年の対外M&Aの実績は案件数で179、金額ベースで341.1億USドルとなり、昨年2019年の348件・959.7億USドルから案件数・案件額ともに減少となった。
ルネサスエレクトロニクスの林氏は、新型コロナウイルスの感染拡大が企業での技術導入を加速させたことで、例えばデータセンターや通信インフラ、非接触技術などへの関心が高まっているとする。
「企業は優良資産を欲しており、2021年はヘルスケア・通信分野に加えてテクノロジー分野も主要テーマとして挙げられる」との見方を同氏は示した。そしてテクノロジー分野では、世界的にも各国政府は、最先端技術の第三者への情報漏えいに敏感になってきているとも話す。「そうした事例は例えば米国でも見られる」と指摘し、現在の米中間の緊張にも言及した。両国間の関係はジョー・バイデン次期米国大統領のもとではある程度軟化する可能性はあるが、米国政府は引き続き知的財産権の保護政策をとるため、この分野でのM&Aの流れが大きく変化することはないだろうとの見通しを示した。
クロスボーダー案件の実施にあたっては、企業がリモートでできることは多いと林氏は指摘する。例えば、幅広い候補を対象に机上でのデューデリジェンスを実施し、一定の対策や基準を設けた後、対象候補を絞り込むといったことも可能だとしている。
海外M&Aについて西村あさひ法律事務所の志村氏は、渡航規制については今後も継続が予想されるのでクロスボーダー案件を進めるのは難しいとし、2021年の日本企業による対外M&Aがパンデミック以前のレベルにまで回復するかどうかは予想しづらいと話す。「ただ、東南アジアや中国、台湾といったアジア地域を対象とした対外M&A案件は増加するかもしれない」としている。